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東京高等裁判所 昭和24年(新を)2523号 判決

控訴人 被告人 金相培

弁護人 神道寛次

検察官 渡辺要関与

主文

被告人金相培の本件控訴はこれを棄却する。

同被告人の当審における未決勾留日数二百日を被告人が言渡された刑に算入する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾に添附してある被告人金相培の弁護人神道寛次作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。

弁護人神道寛次の論旨第四点について。

恐喝罪において被脅迫者が数人でも財産上の被害者が一人である場合には単一罪である。本件では財産上の被害者は一人であるから起訴状には脅迫の相手方が二人あつた事を訴因の変更手続をしないで相手方を一人と認めても差支えない。又判文に相手方を一人と判示していることは他の一人についてはこれを否定したことでそのことを主文には勿論のこと判決理由中に説明する必要はない。又予備的訴因が追加主張せられた場合に第一次の訴因が認められるならば唯単にこれを認定すれば足りる。予備的訴因はこれを認めなかつたことは自ら判る事でありこれにつき主文において無罪を言渡すべきものでないことは勿論理由中においても特に説明する必要はない。原判決は所論のような審判の請求を受けた事件について判決しないという違法は勿論理由不備の違法もない。論旨も理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第四点記録を閲するに検察官の起訴状に依れば「被告人等は朝鮮人某と共謀の上買受名下に綿布を喝取しようと企て昭和二十四年五月七日午後二時頃浜松市佐藤町五三六番地鈴木登毛方に到り同女及浜松市砂山町五三八番地藤田守の両名に対し……中略……気勢を示して両名を畏怖させ因つて両名より綿布(出切れ)九百五十碼二十万九千円相当を喝取したものである」とあり又記録第百四十五丁には原審公判廷に於て左の通り予備的訴因並に罪名罰条を追加して居る。

検察官は裁判官に対し左の如く、

予備的訴因並罪名罰条の追加を為した。

一、訴因 被告人等は朝鮮人某と共謀の上買受名下に綿布を騙取しようと企て昭和二十四年五月七日午後二時頃浜松市佐藤町五三六番地鈴木登毛方に於て同女及浜松市砂山町五三八番地藤田守の両名に対し代金支払の意志能力がないのに拘らず品物と引換えに代金を支払う旨虚構の事実を申向けてその旨右両名を誤信させ因つて両人より綿布九百五十碼を交付せしめて騙取したものである。

二、罪名 詐欺

三、罰条 刑法第二百四十六条、同第六十条

然るに原判決は、

第一、被告人等が鈴木登毛、藤田守の両名を相手方として恐喝若くは詐欺を行つたものであると言う起訴事実に対し鈴木登毛一人のみを恐喝したものであると判示して居るに過ぎない。

此の点は相手方が右両名である場合と、鈴木登毛一人である場合とでは被告人等の行動に対する責任の軽重に重大な影響がある。なんとなれば両名が相手方である場合には藤田守は取引の相手方として被告人等を自ら進んで鈴木方に誘導案内して行つたもので其の間何等威嚇乃至不自然さは無く、通常の取引の常態に過ぎない。仮りに鈴木方へ到着してから事の行違い上仮りに多少荒い言動があつたとしても夫れは日常の取引に於ても屡々見るところであつて別段異とするに足らない。

然るに原判決の如く鈴木登毛一人のみを相手方と見るならば招かれざる客として被告人等が鈴木方を訪問し同女一人のみの同家に於て判示の如き行動を為したと言うのであるならば鈴木登毛の困惑は想像に難くない。

此の場合藤田は鈴木登毛を取引の相手方となるか又は単なる仲介者と見るべきか此の点原判決は何等の審理を遂げず起訴事実と異る判断を下し乍ら判決に其の理由を示して居らない。

第二、検察官は最初起訴状に於て被告人等を恐喝罪として訴因及び罰条を主張したから最後に到つて前記の通り詐欺罪として予備的訴因並に罰条追加を行つた。

思うに恐喝罪と詐欺罪とは其の成立要件を異にし同一事実に対し同時に両者が併立し得ないことは明白であつて二者択一のものであることは謂うまでもない。然らば検察官がこの両立し得ざる恐喝罪と詐欺罪とを同一事実に対して主張したのは如何なる理由に基くものであろうか。それは公判の経過に見て事実関係の上から且又法律的には第三点記載の如き事由から本件起訴が恐喝罪として到底維持し難きことを察知し、因つて以て予備的に詐欺罪としての訴因並に罰条を追加したものと思われる。此の一事に因つて見るも本件が恐喝罪として事実的にも法律的にも如何に無理なものであるかを検察官自ら証明して居るものと断ぜざるを得ない。

以上要するに原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第一項第三号に所謂審判の請求を受けた事件について判決をせざるものであると共に同第四号に所謂理由不備の違法あるものである。(即ち被告人等が鈴木登毛、藤田守両名を恐喝したと言う最初の起訴状に対し判決に言うが如く鈴木登毛一人のみを恐喝したと言うものならば其の理由を明示し且つ藤田に対する分に就て恐喝の事実無しとして無罪を言渡すべきである。又検察官の恐喝罪と詐欺罪との二者択一の主張に対しては、詐欺罪にあらざる所以をも併せ判示することを要する)

仍て原判決は破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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